@article{oai:seisen-u.repo.nii.ac.jp:00001317, author = {山口, 隆介 and Yamaguchi, Ryusuke}, issue = {27}, journal = {聖泉論叢}, month = {}, note = {本稿は,『 プラウン神父』シリーズに見出されるG. K.チェスタトン 1874·1936) の思想を読み解く試みであるが, 特にキリスト教哲学と言いうるものを馴袂することに目標を定める。『プラウン神父』シリーズを貰くキリスト教思想に言及した解説は多い。しかし, 本シリーズを信仰生活への入門魯あるいは信仰生活の知的な刷新に役立ちうる信仰の手引詑というところまで思い入れて読解した論述は, 管見の限り, 日本語では見かけないように思う。本稿は, そのような諒解の一試行であり,『 プラウン神父』ものの社会における機能を拡充することが本研究の目指すところである。 チェスタトンは翻訳家泣かせの作家で知られており,『プラウン神父』短編集のタイトルも例外ではない。特に第 1 短編集 The Innocence of Father Brown は出版社ごとにタイトルが変わってしまうほど, 翻訳が安定しない。本稿では, 短編集のもっとも普及している完訳版である創元推理文庫版に準拠した訳を用いることとした。各作品タイトルも同じくそれに準じるが, 初出に限り原題も併載した。作品本文の訳は主に創元推理文庫版を参照しつつ筆者が新たに訳出した 。}, pages = {105--122}, title = {チェスタトン『ブラウン神父』に見るキリスト教哲学(前半)}, year = {2020}, yomi = {ヤマグチ, リュウスケ} }